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大きすぎる父の背中

ブログをご覧いただきありがとうございます。

とも@20卒放射線技師(@Underdog_1106)です!

今回は、僕の尊敬する人物の一人である『父親』について話そうと思います。

父について

父は現在、臨床工学技士として主に透析業務を行っています。

40代で所属長、Googleで名前を検索すると研究論文が出てきたり、医療人としては順風満帆だったと思います。

また、家系が農家で学生時代はかなりの貧乏だったとよく言っています。

自身がひもじい思いをしていたため、「子どもには食べもので困らせない」が父の教育方針でした。

そのため、一人暮らしをしている時には、「食べ物は困っていないか?」とよく気にかけてくれました。

頑固な一面もありますが、子どもへの投資は怠らず、常に先のことを考えてくれる自慢の父です!

最大の勘違い

自由の無料写真実家は祖父母、両親、兄と妹の3兄弟の7人暮らしでした。

祖母は僕が2,3歳のときにアルツハイマー型認知症を発症し、母親は介護のために専業主婦。

ここで、僕の家計事情について整理します。

・6LDKのマイホーム(人口5万人の田舎)

・母は専業主婦(=収入源は父の給与と祖父のわずかな国民年金のみ)

・祖父は年金受給者、祖母は年金受給なし

・子どもは専門学校1人、私立大学2人まで進学

・塾や習い事もやらせてくれた

医療技術職で役職に就けば、これぐらいは賄える収入は貰えると完全に思い込んでいました。

父からも放射線技師や薬剤師になれば生活に困ることはないと子どもの頃から言われていましたし…。

なので、放射線技師として働けば、子ども2,3人を大学まで進学させるぐらいは可能だと学生時代は思っていたのです。

しかし、社会人になって現実を突き詰められました。

自分自身を守ることに精一杯な人間に、他人を救えるわけがないですよね。

しかし、これには最大の勘違いがあったのです…。

それは実家は農家の祖父が土地を売ったお金で一括購入したため、支出に在宅ローンがなかったことです。

もし、在宅ローンがあったのならどうなっていたのか正直分かりません。

ですが、食べ物に困らなかったこと、塾や習い事など好きにやらせてくれたこと、最小限の奨学金で大学まで進学させてくれたことにはとても感謝しています。

そして祖父母が残してくれた財産があったからこそ、今の自分がいると実感しています。

そんな父の背中を見て育ったので、「子ども2,3人を大学まで進学させる経済力」が僕の目指す一つの基準にもなりました。

医療職=安定の価値観が消えた日

ラボの無料写真

僕が大学2年生の冬、父は60歳で定年退職する前の最後のボーナスでした。

しかし、人生で初めてボーナスが支給されないという事態が起こったのです。

最後のボーナスということもあり、おそらく100万円前後年収が変わるぐらいの緊急事態なのです。

実を言うと、父の職場は数年前から経営が乗っ取られ、破綻するのも時間の問題だったそうです。

そのときに、「医療職は決して安定じゃない」と知ることができました。

もちろん、母体の大きい医療機関になるほどそういったリスクは低くなりますが、そういった可能性も十分にあり得るのです。

そのような経験を知れたからこそ、僕は収入源を増やすことの重要性を知ることが出来ました。

また、収入源を増やした副産物として、『本業や副業で稼いだお金を投資に回してさらに増やす』というサイクルも可能となりました。

収入源を3つ、4つと増やすことが本当の意味での『安定』だと僕は思っています。

まとめ

正直、僕はビビりなんです。

これから先ボーナスが減る可能性だってある、閉業に追い込まれる可能性だってある、リスクを言い出したらキリがないです。

国家資格を取得したのも、副業を始めたのも、あくまでリスクヘッジに過ぎないのです。

リスクヘッジを続けた先に、僕の目指す自由や経済力、安定があると思います!

もし将来、僕が子どもを授かったときは、父のように食べることには困らせず、お金の問題で選択肢を減らすようなことはさせたくない。

欲しいものを手に入れるために、僕は行動していきます。

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